夜に紅い血の痕を

著 久史都子

第七章 廃城の花・Bサイド

第七章へ | もくじへ

    ページ内ジャンプ 1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合
1.貧乏くじのジーレ


「ウラだ」
 レッドが幸運の銅貨を見せびらかす。
 酒を飲むたびにレッドは銅貨の由来をシツコク話すらしい。だが、オレは酔ったら最後、朝まで何も覚えてない。だからブラック一家の末席に加わって五年になのに、オレはレッドの銅貨のありがたみがサッパリわからない。

「とっとと行けよ、ジーレ」
 幸運の硬貨を握りしめた手で、レッドがオレたちを犬の様に追い払う。肩をすくめて壁際の木型にかけたチェインメイルに手を伸ばす。胴衣だけしかないサビが浮いた防具だが、何も着ないよりはマシだ。

 カシラたちが街道でひとかせぎにいって、丘のトリデが手薄な時にわざわざやってきた、先触れのないお客さん。間違っても、なじみの人買いや出入りの商人じゃない。
 人質を買い戻しに来た家族か、力づくで取り返しに来た雇われのゴロツキか。

 飲んだり賭けたりしていた舎弟どもに声をかけ、見張り台のロイエに援護を頼んで門をでた。術を警戒して散開する。

 目を凝らすと地面に書かれた魔方陣が、ランタンの灯に照らされていた。何かはわからん。だが、あの範囲なら走ればかわせる。

 合図して馬車を半円に取り囲んだ。

 ランタンにぼんやりと照らされているのは、黒いマントの男。細いし武器はナシ。やはり術師か。グーリより腕は上かも知れないが、他に仲間はいなさそうだ。こりゃ、たまたま術を習った人質の家族……兄か弟あたりかな。こういう場合、夫や恋人って事はまずない。

「さて、口上を聞こうか」
「死にたくなければ、ねえちゃんを反せ、か?」
 不意に黒マントが地面に手をつけた。要求ナシにいきなり切り札かよ。やべ、てめえ自身を巻き込む覚悟での復讐か。

 だが発動まで時間がかかるのが術の弱みだ。全力で魔方陣の外へ逃げれば大丈夫。

 足元に青い光……馬車のそばのはミセカケか。いや、てめーだけ助かる為の、術を無効化する防御の結界。図られた。

 足、痛てぇ……やべ、感覚がねぇ。
「なんだよ、この白いふわふわしたのは!」
 向こうに逃げた若いのの声だ。術の範囲はかなり広い。腰の辺りまで上ってきやがった白いのは、冷たい霧……? 冷気系の術なんてありかよ。つーか、二重の魔法なんて卑怯くせえ。

 マントのヤロウは……もういないか。
 こりゃ、きっついシモヤケになるな。グーリが戻ったら回復呪かけてくれるかな。あ、いい女の温かい手で揉んでもらうのもいいな。じやなきゃ、ぬるい湯に浸かって……

 あ、なんか眠い。
 やべ、こりゃ、本格的に冬山の行き倒れだ。

 幸運の銅貨。
 ありゃ多分、レッドに降りかかる不運を、他人に押し付ける銅貨。おれたちにゃ不運の銅貨だ。
1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合

射手ロイエ


 ランタンの側に標的を見つけた……頭が白い。
「ジジイかな」

 敬老の精神なんてもんをロイエは持ち合わせてない。
 ジジイは見るのもキライだ。いつかお前も醜く老いて死ぬんだって言ってるようで。ジジイどものシバシバする目が、やせ衰えた腕が、イヤな明日を突きつけてくるようだから。

 俺の三倍は生きてる偉そうなジジイの頭を射抜いて、嫌な明日も葬ってやる。ま、それは合図があるか、ジーレ達がどうにかなってから、だが。

 矢をつがえ白い頭を狙う。不意に的が下がった。ジーレたちが逃げ出す。でかい青い輪が地面で輝いた。ジーレたちの足元に白い何かが……六人が次々と倒れてく。
 ジーレたちが霧に飲まれた。

 ジジイは……闇にまぎれたか。

 一度視線をはずして視野を広く取る。
 目の端に動く白いモノを感じた。
 いた。
 壁に向かって走っている。
 訂正、あの速さはジジイじゃない。

 まあジジイだろうが若造だろうが、ヤツはジーレたちの仇だ。
 壁を越えるなら上で一度止まるはず。見当をつけて白い頭が出そうな辺りを……いた。

「外した!?」
 あいつ、身長の倍はある壁を跳び越えやがった。カギ付きロープじゃなくて、棒高跳びか?
 まぁいい、次は仕留める。
 その茂みから出た時が、お前の終わり。

「火の玉?」
 グーリのより小さい。それにずいぶんトロくてショボイ火炎魔法だ。
 この見張り台は耐火のマジナイが施してあるし、そう簡単に火はつかない。
 残念だったな。

「おいおい、曲がるのか」
 耐火のマジナイがない裏側に回り込む火玉なんてアリか?
 しかも火の回りが早い。
 くそったれめ。

「侵入者は一人。撃ちもらした。見張り台が火事だ」
 ハシゴに火が回らないうちに急いで降りないと。炎に左腕を舐められた。最後の数段を滑り落ちて、腕を地面にこすり付けて消した。

 指じゃなくて助かったが、ヤケドとはついてない。フトコロの手布で応急処置したら、井戸へ冷やしに行かないと。

「っ!」
 火を見上げながら湿した布を腕に巻いていたら、いきなり足に痛みが走った。頬に地面が当たる。くそ、折れたか。両手を地面についた背中に気配を感じる。やりやがったのは白髪やろうか。

 せめて顔を見てやろうと、仰向けになったオレの目に映ったのは……矢筒にいれていた鷹羽十本を、あっさり折ってくれる若い男。
「なにしやがる、てめぇ」
 やっぱジジイじゃなかったか。

 無残に折られた矢で何人も射殺して来た。今夜はオレの番か。まぁ、ロクな死に方はしないと覚悟していたが。

 あれ……いない。
 そうか、レッドたちが来たか。

「痛ぇぞ、バカやろぉ。オレの矢はあつらえモンだ。高ぇんだぞ。ぜってぇ許さねぇからな」
 足は添え木あてて半月もすれば治る。
 だが、真っ直ぐで上等の矢は、添え木しても直らない。

 足よりそっちの方が痛かった。
1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合

3.右腕のレッド


「見張り台が燃えてる。消しに行く。水桶を用意しろ」
 続けてレッドは舌打ちした。
「それと、ジーレとロイエが侵入者を討ちもらした。得物を忘れるな」
 何者か知らんが好き勝手はさせん。ここへ来たのが運の尽き。幸運の銅貨に接吻して懐に入れると、曲刀を腰に差した。

 土間に三段ベッドをみっちり並べただけの舎弟どもの部屋から、どやどやと出てきた顔を見渡してから、外へ出た。
 澄み渡った星空に、焦げ臭い夜風が似合わない。

「遅れてきた三人、井戸で水汲んで運んで来い。文句言うな!
俺らは土とボロでなんとかやってみる」
 降り慣れた坂道も、目印の見張り台が真っ赤に火を吹いていると別物に思える。

 足をかかえて地面で悶えているロイエに聞くと、ジーレたちはやられたらしい。術使いは厄介だが、規模のでかい魔法ってヤツは準備も要るし、短時間で何度も出来るものでもない。グーリだってでかい火炎呪のあとは、ヘタれて簡単な回復呪すらおっくうがる。

 土や泥を炎に当て、皮の上着で見張り台の支柱を叩いて消そうとするが間に合わない。
「水はまだか!」
 怒鳴ったが応えるものは無い。まったく、トロ臭い連中だ……だが、いくらなんでも遅すぎないか。
 まさか侵入者にやられたか。

「てめえの足を折った奴は、どんなだ?」
「頭の白いやつだ」
「一人か」
 顔をゆがめたロイエがうなづく。
 もう見張り台は手遅れだ。作った時の苦労と、カシラのカミナリを思うと諦めきれないが、他の建物まで焼かれてはたまらない。

「てめーら、消すのやめろ。
今夜は風がない。柵とあたりのヤブを切り払えば火は広がらねえ。
それより、ジーレたちとロイエの敵討ちだ」
 剣を持つものにヤブを切り払わせ、オノを持つものに見張り台に繋がる柵を切り倒させた。

 丘そのものは広いが、柵に囲まれたネジロそのものはさほど広くない。それに今は俺たちの城だ。全てのヤブと掘りと岩を全て知っている。しらみつぶしに物陰を探して、ぶっ殺してやる。

 得物を手に、南の斜面をあたっていたとき、背後にイヤな気配を感じた。
 振り向きざまに刃を振るった。
 手ごたえはなかったが、地面に黒い人影がへたりこんでいた。

 武器は持っていない。剣を軽く振ると、無様に悲鳴をあげてあとじさりする。声は若い。それに細い。剣を見て腰ぬかすようなシロートにかき回されていたのか。
 黒い服で闇にまぎれてここまで来たが、俺に見つかって運が尽きたかな。

 ジーレたちをヤって、見張り台を燃して、ロイエの足を折ったのがこんな奴だったとは。
 お笑い種だ。

 顔をかばう手を切り落としてやる気で剣をふるった。目測を誤ったか、手ごたえが軽い。それにやかましい。手を押さえて半泣きに見上げる白い首を、サクッと落として静かにしてやろうと、剣を振りかぶった。

「死ねよ」

 右手が出てきた。
 金属の感触。ナックルをはめてやがった。
 剣が意外な力で弾かれる。こいつ拳士か。
 たたらを踏んだ腹に肩がぶつかってきた。踏みとどまれずに倒れた腕を、硬いブーツのかかとで踏まれた。異様な痛みにうめいた直後、足も蹴られた。気を失いそうな痛みの中で剣を奪われた。

 てめえの剣に刺されて死ぬのはイヤだ。

 逃れようと体を起こした向こうにルーブの戦斧をかわす、黒服がいた。ルーブの悲鳴と異様な音。奇妙な角度で曲がった戦斧をもつ右腕が火事の残り火に照らされた。そのまま重い得物に引かれるように倒れていく。

 さっき切りつけている時に泣き声や悲鳴を聞いた。だが今はヤツの声が聞こえない。オレの手を踏んだ時も、足を蹴った時も無言だった。てめえの足も痛んだろうに。
 こりゃ相当ヤッカイなキレ方をする手合いだな。

 だがシロートがキレて戦える時間は短い。
 舎弟四人に追われて牧草地に走ってったが……

 間もなくフクロだ。


1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合

4.その頃ドルクは


「その男にだけは手を出されませぬように。口付けを与えた者へのアレフ様の執着はただならぬものがありますから」
「あたしの父さんは見捨てたのに?」

 馬車の周囲で倒れていた男たちを縛り上げ、街道に近いあたりに運んだ。戻って、アレフ様の口付けを受けた男と共に残る事になるティアにクギを刺したが、心もとない。
 だがアレフ様ご自身も心配だ。

 賊の襲撃も、捕縛後のティアの暴行も打ち合わせどおり。ここまでは予想したとおりに進んだ。主を心理的に、そして身体的に追い詰めることには抵抗はあった。だが、ティアの言うとおり必要な通過儀礼と割り切った。

 頼りとする魔法をロクに使えず、時間も限られた、多対一の不利な戦いの中、命の危機に直面した時、どのような反応をなさるか見極める。生き抜くために人を手にかけられるか、それとも……

 とはいえ普通に考えれば、主が人ごときに遅れを取る事はない。
 闇の中でなら。
 だが、いま火を見た。

 もしも主が倒された時、その身を抱えて脱出するために丘へ向かう。
「間違っても、アレフに見つかっちゃダメよ」
 声をかけるティアを軽く振り返って手を上げ、主の気配に慎重に近づく。

 少し上の牧草地。今は逃げておられる。追っ手は四人。
 わたくしだったら獣化して、一人を捕らえて見せしめに引き裂く。仲間の残骸を叩きつけ、怯えるもの達を上に立っている有利さを生かして攻撃するが、それは主の流儀では無いだろう。

 背中に幻痛。
 武器を投げつけられたか。痛みからすると鈍器。皮膚が裂け骨にはヒビ。だがこの程度ならほどなく癒える。

 不意に人影が三っつ、重なって転がり落ちていった。
 主の短い笑い声。別の男の悲鳴。
 草原に人形のように放り出された人影に背を向けて、家畜小屋に入っていく後姿がみえた。

 うごめく気配は、鎖に絡まれ、干草の山に埋もれてあがくものたち。
 上では怯える馬と新たな悲鳴。

 何か異質な感じがした。
 普段の主とは違う平坦すぎる心の感触。心の一部を眠らせてしまったような、静かな気配。

「こうなりましたか」

 いつもは余計なことに気を回しすぎて、肝心な点が微妙にズレてしまうが、今は相手を殺さずに動けなくすることだけをお考えのようだ。
「悪くはありませんな」
 一対一を守る限り、そして夜の領域にいる限り、アレフ様は心配ない。


1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合

5.ティアの場合


 男がそわそわし始めた。
 多分アレフが近づいて来てるんだ。
 扉に手をかけて馬車の外に出ようとしてる。
 新婚の花嫁か、飼い犬みたいに、主人を待ちわびて伸ばした首の、噛みキズが赤く目立つ。

 ムカつく。

 吸血鬼を待つ犠牲者の反応は知ってる。命を根こそぎ啜りとる魔物の訪れを待ち望む、後ろ向きの情熱。あたしのオヤジと同じ目だ。

 アレフが使い物になるかどうか、いろいろ試してきた。
 最後は実戦。

 そこそこがんばってるみたいだけど……やっぱり人は殺せないか。あたしが乱暴されたって教えたら、キレると思ったけど、甘かったな。
 逆か……甘すぎるのか。

 でも、一つ見直した。
 賊を無力化する一番簡単な方法……使わなかった。

 この男の血を啜りつくして力を与えて蘇らせ、仲間を襲わせて眷族にした後、力を断てば……手を汚さずに全滅させられたはず。

 男が足を引きずって馬車を飛び出す。
 追いかけて折れた指を掴んだ。
 痛みで怯んだところをすかさず、ひねり上げる。

 昇ったばかりの月明りの下、近づいてくるアレフを、にらみつけた。
「よこして下さい。彼はもう私のものです」
 私の物……か。ドルクが注意するわけだ。すごい執着心。

「みんな、やった?」
「行動力と武器を奪い、捕らわれていた女性たちは逃がしました。約束どおり月が出る前に」
 わざと誤解させるような説明をしたけど……ホント人がいい。

 そろそろ限界かな。
 男の左手を掴んでいた手を離した。
 男が片足をひきずって転ぶように走っていく。アレフが嬉しそうに手を伸ばして、しっかり捕まえる。

 けど、目の前で吸われるのは、やっぱハラたつ。

「人質救出なんて課題、出してないよ」
 びっくりした様な顔がおかしい。誰かに頼まれたわけでもないし、法的に保護責任を負ってる領民でもないのに助けようとするあたり、やっぱバカかもしれない。
 バカ正直って奴。

「どうしてそんなヤツに執着すんの? 人買いが喜んで金貨を積むような若くてきれいなコ、地下牢にいっぱい居たでしょ。一番イイのをもらっていこうとか考えなかった?」
 あ、ビビってる。

 でもほんと吸血鬼の執着ってよくわかんない。
 あれかな、男と女が寝た時に……快楽を共有した相手を特別とか思うクダラない執着。
 それとも、子供が夢中で遊んだ相手を親友とか呼んでベタベタする、気持ち悪い執着?

 あたしにはどっちも無い。

 でも、理解や実感はきなくても、そういうのがあるって知っていれば、利用することができる。馬鹿なナッツにあたしを特別だと思い込ませたみたいに。

 それで十分。
1.貧乏くじのジーレ  |  2.射手ロイエ  | 3.右腕のレッド  | 4.その頃ドルクは  | 5.ティアの場合
第七章へ | もくじへ

-Powered by 小説HTMLの小人さん-